羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
ほんのりとした優しげな声が、無意識に出た。
鬼門はハンドルを回し、右折する。
窓からは小望月の下にそびえ立つ槿花山が見える。
かつて“天下統一を目指した男”が立てたという、山嶺に屹立する城。
その天守閣に飾られた金は月光を弾き、羅刹の目に鮮やかな蒼として写っていた。
「あのお城、近くからは見たことないですけど、けっこう大きいんですね。
誰が建てたんでしたっけ」
「ナポレオン」
ようやく酒童が話題を呈示したが、城になど興味はないのか、鬼門は適当な返事をよこしてあしらう。
もちろん、ナポレオンが戦国時代の日本にいるはずがない。
彼がどんな人物であるのかも、詳しく知らない酒童だが、それくらいは分かる。
「そう、ですか」
「冗談に決まっているでしょう。
―――あれは“二階堂行政”という武将が建て、それをのちに“織田”が改築したのですよ。
織田が建築したわけではありません」
鬼門は言った。
「織田信長。
日本史でも習ったでしょう」
「はい」
「なら、あの城についてそれ以上に訊くことはありません」
もっと面白い話題を出せ、とばかりに、鬼門はつまらなさそうに吐息をつく。
次の信号で止まったおり、右手に結界の施された駐車場が見えた。
そこには乗用車はほとんど置かれておらず、暴走族のものと思わしきバイクが何台も停車されている。
「ふん」
停められたバイクに一瞥をくれ、鬼門は鼻を鳴らす。
「……なんか、昔は本で流行ってましたよね、暴走族って。
ああ、ほら。
“暴走族の姫”とか。
なんかカッコいい名前のついた、イケメンぞろいの暴走族の話とか」
思ったままに口にした酒童だが、鬼門はさして興味もなさそうである。
「あんなものに憧れなど抱いているのですか。
21世紀代の女子高生じゃあるまいし、気持ちの悪い」
「あ……すみません」
「暴走族というのは、結局は“糞の糞による糞のためのクソガキの集合体”でしかないのですよ。
市民に迷惑をかけ、羅刹が人間に暴力を振るえないのをいいことに喧嘩をふっかけてくる、チャラついた雑魚ヤクザでしかない」