羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



 酷評である。

 冷徹かつ非常な面もあると言われている鬼門だが、一応、堅気だ。

 ああいった非行少年を地で行くものを嫌悪している。

 それに鬼門の言うとおり、たしかに羅刹は喧嘩を売られやすい。

 なにしろ羅刹の力で人を薙ぎ倒せば、人の骨など容易く折れてしまう。

 だから羅刹による障害事件は、一般人のものよりも格段に重い。

 それを羅刹たちも承知しているため、よほどのことがない限り、人に手をあげたりはしない。

 だから羅刹の障害事件というものは滅多に検挙されない。

 しかしそれをいいことに、羅刹にちょっかいをかける不届き者―――つまりは、「俺ら最強」とぼやいている、非行少年たちがいる。

 酒童も実際、高校に入ったばかりの頃は、上級生の不良に幾度も絡まれた経験がある。

 酒童は苦笑し、「そう、ですね」とたどたどしく相槌をうつ。

 信号が変わり、車が発信する。

 槿花山はもう目の前だった。


「いちど、街の方に行きますよ」


 鬼門は言うや、左にハンドルを切り、東に移動を始めた。

 槿花山の西方面は田舎町だが、東方面はそこそこ住宅やファミリーレストランも立ち並んでおり、街になっている。

 しかし、高校生たちがよく通う、あの渋谷のような場所に比べれば、まだまだ田舎だが。


「街に行くって、何をしに?」

「ロープウェイのある方面から山を登ります。
あそこなら、人の手で整備された道があるでしょう」


 槿花山付近には、博物館や質素で風流な茶屋や公園といったものが多い。

 そして売店もあり、槿花山のロープウェイ入口はその売店と繋がっている。

 売店の奥に行けば受付があり、そこで支払いをして頼めば、ロープウェイに乗れる。

 槿花山に通うものの中には登山家も多く、昔は人の手によって山路も整備された場所があった。

 しかし今では山も滅多に整備されなくなり、登山用の道はロープウェイの傍にある道、その一本しかない。

 あとは荒廃し、草木に埋め尽くされてしまっている。


「なんだか、懐かしい気分ですよ。
最近は、みんな都心の方に行きたがるし、なかなかこういうところにはこないですから」


 酒童は遠巻きに暗黒に沈んだ街を眺め、懐かしむ。

 陽頼に連れられて、茶屋で御手洗団子を食べた19歳の夏のことを、酒童は鮮明に記憶していた。




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