羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



 愚弄された白澤は、その死人のように白い額に青筋を浮かべる。

 そんな白澤をよそに、九鬼なる鬼は、飄々として妖たちの視線を浴びながら羅刹の席へと歩み寄る。


「久しいなあ。え?」


 九鬼が誰にその言葉を向けたのか、酒童にはわからない。

しかし彼は今までの妖たちとはずいぶんと違い、どこか態度が悪し様で、不良じみている。


「お前は」


 鬼門がぼそりと独り言を言う。

 その独り言に、酒童は胃を締め付けられる。

 鬼門は相手がどんな人物でも、決まって相手を「あなた」と呼ぶほど、言葉は丁寧だ。

そんな鬼門が「お前」と呼んだのだ。

相当、鬼門に恨まれているか、鬼門にとって「あなた」と呼ぶに値しない人物なのだろう。


「班長?このひとは……」


 酒童は蚊の鳴くような声で鬼門に話しかける。

 しかし鬼門は、九鬼に気を取られているのか馬耳東風である。


「なにをしに、ここに来たのです?」


 鬼門は九鬼に問う。

 すると九鬼は「はあ?」と口を開けて、鬼門を白眼視する。


「俺に、ここに来てはならん理由でもあるのか?」

「あなたはかつて、われわれ人間に彼の“親権”を譲ったはずです。
あなたは自分の子をいともたやすく手放した。
私はその時、あなたに、もう彼に関わるなと言ったでしょう。
あなたはもう、レイジとは無関係です」

「親権が無かろうと無関係であろうと、あいつと俺の血が繋がっているのは確かさ」


 九鬼は、にやっ、と美貌を薄汚く歪めた。


 ―――刹那。






 どん、と―――九鬼の至近距離にあった鬼門の体が吹き飛ばされた。


 華奢な痩身は、トラックにぶつかったかのように宙を舞い、檜でできた壁に強かに体を打つ。




「うっ」



 鬼門はうずくまり、腹を押さえて咳き込む。

 どうやら鳩尾を殴られたらしい。












< 358 / 405 >

この作品をシェア

pagetop