羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「ほう」
九鬼が邪に笑みを深くした。
「実の父もやれるのか?
蛙だって殺せないお前がか?
できるわけがない。
生易しい世界でぬくぬくと生きてきた、優しすぎる鬼の子よ」
九鬼は俺を茶化しているらしい。
彼ら妖にとっては何ともないかもしれないが、鬼、の一言は、俺の耳に深く突き刺さる。
「―――俺にとっての害なら、妖も西洋妖怪も、皆おなじ」
冷や汗が背中を濡らす中、俺はそう答えた。
「俺の周りに人に手を出すなんて、させない。
俺を殺すこともだ。
何故なら俺には、待ってる人がいる」
「鬼であるお前を、認める人間などおらぬだろうに」
「鬼になんかなってたまるか。
俺は人として、これからも死ぬまで人の世界で生きる」
その刹那、部屋中が騒然とした。
当然である。
俺は人であり鬼である生き物だ。
つい先ほど、俺が大人しくしていた時までは、人と妖の間では、俺がこのさき人の世界で生きていていいのか検討されていたのだ。
それを急に、さきほどまで大人しく引っ込んでいた俺が「一生を人の世界で生きる」と断言したのだから、妖も驚きを隠せないだろう。
「人の世界で、生きられるのか?」
そこで、空亡が唐突にそんな質問を俺に投げつけてきた。
「いつ鬼になるかもわからない。
いつ人を喰ってしまうかもわからない。
そんな不発爆弾のような本能を押さえられないお前が、人の世界で生きてどうするのだ」
「―――」
「聞くに酒童嶺子。
お前は自虐癖が多く、良く言えば何でも他人優先な男だそうだな。
そんなお前が人を殺せば、どうなる?
自責の念に押しつぶされ、果てには悲しみにくれて彷徨う低俗の鬼に成り下がるか、自らを切るかのどちらかだろう。
お前にとって人の世界で生きるか、事態が悪化する前に死ぬか。
どちらが最善かは明白ではないか」