羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「仮に24年前、俺がレイジを引き取ったところで、奴は遺伝子汚染の種として妖どもに除けられるだろう。
それよか、何も知らぬまま人の子として育ち、正当な教育を受け、人並みに愛し愛され、並外れた才能を武器に羅刹として働く、そんな充実した生活を送った方がよいはずだ」
不吉な笑顔のまま、九鬼はまた大きく煙をふかす。
しかしそんな禍々しい笑みに相反して、瞳はやけに悲しげであった。
ふかされた煙は清涼な風に撫でられ、儚く消え去る。
「まあ、こんな会議になるような原因を作ったのは、はっきり言ってしまえば、レイジを鬼として目覚めさせた俺なのだがな」
「原因?」
「人狼襲撃事件とやらが発生した日、だったか」
首を捻る加持に、九鬼は告げる。
「優しさの過ちというのか、レイジはその時、人狼に情けをかけたゆえに瀕死に追い込まれたろう」
「なぜ貴方が知っているのです?」
「千里眼、というやつだ」
九鬼は淡い翠の瞳を指差す。
「純血の鬼ともなれば、千里眼なる術は使えよう」
「その言い方ですと、ほぼ毎夜、酒童の戦う様子を遠方から眺めていたようですね」
加持に痛い所を突かれたのか、九鬼は眉をしかめ、苦々しく煙管の先端を噛む。
「―――悪いか」
「いえ」
加持は否定した直後、ふと口をつぐんだ。
「……では“鬼として目覚めさせた”というのは」
「俺が偶然近くにいた山童(やまわろ)を使って、この山からレイジに語りかけたのだ。
山童は呼子(よぶこ)の二つ名があってな、他人の耳に声を届ける。
今時風にいえば、てれぱしー、というやつだ」
「それで、彼の中に眠る血を呼び起こしたのですか?」
「いいや、血の覚醒自体は、レイジの心次第だった。
そこは、人であることを放棄したレイジの負けだ。
だが、そうでなくとも鬼の血は同族に強い反応を示す。
だからどちらかというと、覚醒しなかったほうがおかしいのだ」
―――結果として、酒童は半鬼として目覚め、人狼の駆除に成功した。