羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
常夜灯が消えた深夜の部屋の中、生身の人間であればまず人の顔など見えるはずもない。
しかし“羅刹”である酒童には、自身にとっての支えである人の顔が鮮明に見えている。
「ただいま……」
蚊の鳴くような声で酒童は言った。
無論、眠っている相手に言葉を発したって応答などない。
ないはず、だが。
「んん……?」
あれだけ小さな声で言ったにもかかわらず、陽頼はぱちりと目を覚ました。
酒童は肩を聳やかした。
どうやら、起こしてしまったらしい。
「……あ……嶺子くん。
おかえり」
目をくしくしと擦り、陽頼は寝惚けたふうに言う。
「た、ただいま」
酒童は二度目のただいまを口にする。
「いま帰ってきたの?」
「んん」
酒童はうなづき、自分の敷布団の上に座り込んだ。
いつもであれば、深夜2時に帰宅することはほとんどない。
だからだろう。
陽頼は「おふはれぇ」とあくびをかきつつ酒童に労いの言葉を贈る。