羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
陽頼は言うが、ここは都心を除けばど田舎であるし、ブランドの店などは少ないから、むしろアクセサリーショップも安物の店の方が多い。
単純な柄が刻み込まれただけのシルバーリングだったが、それは陽頼が寝ているあいだ枕の下に保管されていたからなのか、ほんのりと温かかった。
酒童はそれを指にはめてみた。
闇の中でも、銀のそれは綺麗だった。
自分は一度だって陽頼の誕生日に、こんな綺麗なものなど渡したことがないのに。
己のセンスのなさに我ながら酒童は落胆するが、喜びはそれよりをはるかに凌駕していた。
「―――ありがとう」
酒童はしみじみと言う。
ん、と陽頼が返した。
返してから、
「……なんか、この前はごめんね」
と、なんの前触れもなく急に謝ってきた。
「なにが、ごめんなんだ?」
「ほら、嶺子くんの、出生の話」
言われて、酒童はどきりとする。
つい2時間前にも、出生が原因で妖と人とで自分の殺生に関わる議論をしてきたのだ。
柔らかく鳴っていた心臓が徐々に高鳴る。
「よく考えたら、ああいう時って、嶺子くんの話とか気持ちとかも聞いてあげなきゃいけないのかも、って後から思ったの。
嶺子くんだって、好きでそんな風に生まれたわけじゃないし」
確かに、好きで鬼に生まれたわけではない。
陽頼はさらに続けた。
「鬼でもいいよ、とか言ってあげればよかったのに、私だけ一方的な無理を言っちゃったから」
しゅんと、陽頼は申し訳なさそうに肩を落とす。
陽頼はさほどのことがなければ落ち込まない。
いまが“さほど”のことだったのだろう。
しかし、陽頼の言う通りだ。
人間でいて欲しい、一緒にいて欲しい、というのは、確かに陽頼個人の意見である。
だが。
「そんなこと、言ってくれなくてもいいよ」
酒童は言いながら視線を陽頼に合わせた。
「いいや、むしろ無理やりにでも誰かに引き止めてもらわなきゃ、俺は怪物になってもよかったんじゃねえかなって、思ってた」
酒童はまだ修繕されていない装束の断ち切られた袖から覗く、もぎ取られたはずの腕に刻まれた傷に一瞥をくれた。
あの時は本当に、鬼でもいいか、と思った。
陽頼や仲間に危害を加えるくらいなら、いっそ怪物に身を落とし、一生を人と関わらない妖の社会で生きていくか、最悪死んだ方がましだった。
……誰かに鬼と罵られながらも、人として生きて行く勇気もなかった。
だから人でいなくなる決心と諦めは、とうについていた。
だがそれでも心の何処かでは、人でありたいと強く望んでいたのだ。
もし誰かが引き止めてくれたら、もう少しだけ人として生きようかな。
そんな甘えに従っていた。
そして、陽頼や仲間たちは酒童を引き止め、結果として人として生きる方に希望を抱かせた。
―――言ってしまえば、酒童を散々に邪魔者扱いし、ついには殺せとも言い出した妖たちが、酒童に人として生きることを決意させた引き金であるが。
もし会議前夜、人の世界でも酒童を頼る者がおらず、彼が余所者として迫害されたとしたら、酒童は殺されると知っていても妖に身を譲ろうとしただろう。
それをしなかったのは、まだ人の世界に希望が見出せたからだ。
「皆が……お前が、俺を人にしてくれたんだ」
酒童は友人に感謝の意を表すように、大柄でも小柄でもない陽頼を抱きしめた。