羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
外で話している彼らは、天野田に聞こえていることになど気づいてもいない。
やがて教室からクラスメイトたちが去り、夕暮れから夜に変わるという時間帯に、天野田はひとり、教室でうつむいていた。
大きな目を充血させ、唇を噛み締めながら、だ。
知らないくせに。
天野田は心の内で悪態をついた。
誰も知らない。
知らないんだろう。
訓練と授業が終了した後、他の訓練生がわいわいと賑やかにしている間、僕は、懸命に予習復習してたんだぞ。
それなのに、なぜ遺伝子だとか遺伝だとかいうもののお陰と決めつけられなくてはならないのだろうか。
天野田はそんな悔しさを、拳を握る手に込めたまま、じっと堪えていた。
努力を認められない、悔しさである。
それは上位の人の成績を上回れなかった悔しさよりも、大きい。
そういう時に悔しがれば、人はよくがんばったと褒めてくれる。
しかし、“生来の天才”たる天野田に、頑張ったね、の言葉をかけるものは誰一人としていなかった。
クラスの中だけではない。
親でさえ、さすがは我が子だ、と手を打ってくれることしかしなかった。
よく頑張った。
そう言われたくて頑張っているのに、誰も、天野田の好成績を努力ゆえのものとは思いもしないのだ。
「くっ……」
目と喉に力が入る。
声を押し殺し、天野田は教室の中でずっとうつむいていた。
しかし、その時。
「天野田、くん……?」
教室の外から、誰かがぎこちなく天野田を呼んだ。
はっとして顔を上げた。
その先にいたのは、小柄な訓練生だった。
天野田のルームメイトである、酒童嶺子という男子訓練生だ。
訓練生の寮は二人一部屋の組み分け構成されている。
二人一部屋といっても住み心地の良いものではなく、部屋は二人分なだけあって狭い。
学習机と本棚と二段ベッドを置いたら、あとは僅かなスペースと押入れの空きしかないのだ。
そんな生活を3年間ともにするため、ルームメイトの組み合わせは厳選される。
しかし天野田は、この酒童という訓練生とはあまり絡んだことがなかった。
組分けられた当初は、いかにも物騒な顔立ちの酒童に興味を持って積極的に絡んで行ったが、酒童が存外にも謙虚で大人しい性格だったため、つまらなくなって関わるのをやめたのである。