羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



「なに」


 天野田は突っぱねるように酒童に問う。

 しかし、だいたい彼が自分に何の用があるのかは、彼が手にしているテストの答案用紙を見ればすぐに分かった。


「テストで赤点でもとったわけ?」


 天野田が言い当てると、酒童はなんどもうなづいた。


「―――数学、30点にも達しなくて……」


 ルームメイトに話しかけるだけだというのに、酒童は蚊の鳴くような声でこわごわと喋る。

剣呑な顔立ちのくせに、酒童は本当にコミュニケーションが下手くそである。

 は、と天野田はそんな酒童をあざ笑った。


「で、再テストになったから、僕に教えてもらおうっての?
あんな簡単な問題を間違えるなんて、どんだけ理解力ないんだい」


 天野田の毒舌はひどい。

しかし酒童は怒るでも悲しむでもなく、つかつかと天野田の机の前まで歩み寄った。


「そうなんだ。俺、理解力ないから。
だから、教えてほしい」

「こんなのもわからないような奴に教えるコツなんてないよ、悪いけど」

「でも、天野田くんは出来ていたって、みんなが言ってた」

「そりゃあ……」


 夜中まで頑張って、公式を暗記していたから。―――とは、言わない。

「天才、だからね」

 天野田は自嘲するように唇の端を歪めた。

 すると酒童は途端に肩を落として、「そっか……」と呟いた。


「ずっと夜まで勉強してたから、天野田くんなら理解深いかなって思ったんだけど……。
ごめん、なんか邪魔して」


 酒童は深々と頭を下げると、答案用紙を抱きしめて重い足取りで教室の戸口へと向かった。

 天野田は固まっていた。

 彼はちゃんと見ていたのだ。

 なぜ天野田が成果を出せたのか。

 それを見ていたから、知っていたのだ。


「ちょ、ちょっと待って」


 つい、天野田は酒童を引き止めた。

 呼ばれて、酒童は瞬きながら振り返った。


「どうか、した?」


 酒童は天野田に向き直る。

 天野田は、今まで味わったことのない感情が湧き上がることに動揺していた。

 しかし、それを覆い隠して、机に足を乗せてさも高慢な態度で、隣の席の机を指差した。


「……こっち来なよ。
教えたげるから」



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