羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



3


 額に柔らかいものが当たる感触がし、酒童は飛び起きた。


 無人の医務室の中。

 酒童は肩を上下させ、悩ましいことでも考えているかのように頭を押さえる。

いつぞや、感じたような感触だった。

もう随分と昔になるが、覚えていた。

あの、唇のような感触が、酒童の頭に降り注いだのだ。


「どうかした?酒童くん」


 酒童が仮眠をとっている間に横にきたのか、天野田が隣のベッドに座っていた。


「いや、どうもしない」

「君のどうもしないっていうのは、すこぶる信用できないね」

「そんなわけねえよ」

「頭なんか押さえて、なんかあったわけ?」


 天野田は問うた。

 酒童はいまいちど「なんでもないよ」と繰り返そうとしたが、ふと思案して、


「……夢見てた」


 と、呟いた。


「夢?」


 首を捻る天野田に、酒童は額に降り注いだ感触がした、たったそれだけのことを話した。

ほんの些細な話だった。

 一瞬、天野田の顔がぴしりと硬直する。

しかし案の定、天野田は我に返ったように瞬くと、腹を抱えて笑い始めた。


「なにそれ。
おでこにキスされるような夢を見るほど、君は欲求不満なのかい?
嫁がいながら、その為体?」

「キスかどうかはわかんねえって。
だいたい柔らかさで言うとそんな感じなだけだってば」

「そんなに溜まってるなら、私が相手してあげようか?
もちろん酒童くんが下で」

「ばか言うんじゃねえよ」


 酒童は天野田をたしなめる。

 だろうねえ、と瞼を伏せ、天野田は酒童がいたベッドに腰をかけた。

ふうわりと艶やかな香りが酒童の鼻を突く。


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