羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



「……ねえ、話変えるようで悪いんだけどさ」


 天野田はすらりとした腕を伸ばし、酒童の顎に手を添える。


「昨日、大丈夫だった?
なにも変なことはされなかった?」


 天野田の優しげな問いかけに、酒童は驚いて動揺する。

細く艶かしい手が首に触れる。


「あ、ああ……。
大丈夫だよ、地区長が上手く交渉してくれたし」

「更衣室で、班長の腹に大痣が出来てるって、話題になってた。
なにか、危害を加えられたのかとヒヤヒヤしたよ」


 天野田はやたら至近距離でそんなことを言う。

普通に隣に座って言えばよかろうに、天野田はわざわざ酒童の顔を覗き込むようにして言うのだ。


(心配してたのか)


 酒童は神妙な顔を緩め、「ありがと、大丈夫」と小声で言い、ほくそほほ笑んだ。

 天野田はとろけるように甘美な微笑みで返すと、酒童のそばから退いた。


「今日は、私の班と君の班は共同作戦だよ」

「またなのか?なんかあったのかよ」


 問い詰めると、天野田は真摯な面差しにぬって口を噤む。


「……トカゲ」


 しばらく黙っていた天野田が最初に口にしたのは、その一言であった。


「呪法班の予知では、巨大なトカゲが、君が担当する班に現れるんだ。
種名は不詳だけど。
デカさがデカさだから、とても一つの班では無理だと判断が下ったんだろう。
けど、それだと他の班に負担をかける。だから君の班から、誰か1人、主戦力の班員をいったん引き抜くことになる」

「主戦力、か」

「君の班でなら、おそらく榊くんか、あの野生児といったところだろうね」


 朱尾か榊か、どちらかを他班に送る選択をしろと言うことらしい。

しかし今回の場合、茨の時と違って一時的な移動であるため、次回には元の班に戻ってくる。


「ふうん……西洋妖怪の数は?」

「そのどデカイのが一体だけ。
わがわが2班共同でやる必要もないかと思えるけど、各班のベテランが判断したんだし、相当なものなんだろうね」


 天野田が腕を組んだ。


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