羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
その時、
「朱尾?」
表のほうから足音と共に、耳に慣れた声が飛んできた。
朱尾は微動だにせぬ瞳で振り返る。
「なんすか、先輩」
朱尾は酒童に向き直り、心もち柔らかい語調で問う。
なんすか、と問いはしたが、なんとなく彼が自分に何の用なのか、朱尾には察しがついていた。
なにか言いづらい事でも言いに来たのだろう。
酒童の物騒な貌は、申し訳なさそうに眉を垂らしていた。
「あのさ、実は―――今日は天野田の班と合同で駆除作業をすることになったんだが、主戦力不足とか他班への負担を考えると、誰か班の中から一人、戦力を他班に移さなきゃならないんだ」
「つまりは、俺が移動するんですね」
「榊かお前かで迷ったから、籤で決めた。
それで、移動は朱尾になったんだ」
酒童はそして唇を引き結ぶと、「ごめん」と謝った。
「もともと、俺の班に来るって条件で羅刹の駆除作業に参加したんだよな。
けど、これは今回だけの移動だから」
「ああ、そのことか……」
そんなこと気にしてたのか。
朱尾は肩を竦める。
「別に、あんなこと気にしなくてもいいっすよ。
事実じゃあないですし」
「え?」
「第一、参加しろと言われた側の俺が、羅刹のお偉いさんがたにあれこれ条件を出せるわけがねえんだ。
先輩の班に所属になったのも、鬼門班長の指示」
「じゃあ、ファミレスで言ったことは嘘だったのか?」
「すいません」
朱尾は頭を下げた。
「なにしろ、もうこの辺の地区の羅刹に、俺をよく思う人なんかいないと思ってたし、あんたのことも見くびってましたから」
「見くびってた……?」
「先輩は俺が思ってた以上にお人よしだった。
それだけのことです」