羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
ビルから見上げたその頭部は、人1人がすっぽり入ってしまうほど巨大だった。
蜥蜴の紅い目玉は無数あり、それらは丁寧に冠に嵌められた紅玉のように横に並んでいる。
そのひとつがぎょろりと酒童らを睨みつけた。
「ひっ‼︎」
茨が悲鳴を咬み殺す。
未だかつて見たことのないサイズの怪物を前に、首席卒業の茨もさすがに怯えを隠せなかったらしい。
そこ知れぬ恐怖を感じたのか、茨は震える腕で刀を抜き放つ。
そんな茨の前に、天野田が咄嗟に手をかざした。
「大丈夫だよ。
ビルの屋上とはいえ、ここにも結界は働いている」
天野田の言う通り、蜥蜴はこちらに首を伸ばし、牙を剥いてくることはなかった。
「す、すみません……」
茨が浅い呼吸を繰り返し、ようやく落ち着きを取り戻す。
「おっそろしいな……。
あんなでかいの、漫画でしか見たことがねえや……」
刀を鞘にしまいながら、茨は未だに震える声で呟く。
「けど、いまのところ敵はあれ一体だ。
デカくても、羅刹ふた班ぶんの数にやられたら一溜まりもないだろう」
天野田はビルから遠ざかって行く蜥蜴を見ながら抜刀する。
「酒童くん、囮は私が引き受けよう。
君と茨で……」
とどめを刺してくれ、と天野田は言おうとしたのだろう。
しかし酒童は、蜥蜴が歩いた跡を呆然と見下ろすばかりで、聞いているそぶりも見せない。
「酒童さん……?」
おそるおそるに茨が酒童のそばに寄る。
そして再び、酒童と同じ立ち位置から下を見る。
茨は愕然とした。
「おい、おいおいおい……」
茨が震撼する。
酒童はぶらりと手を垂らし、この世の終焉を見たような眼になっていた。
蜥蜴が歩いた跡から、姿形が様々な化け物どもが、蜥蜴と同じようにコンクリートの下から現れたのである。
火を吹く牛。
蛇の尾を持つ鶏。
翼を生やした獅子。
馬の肢体と融合した人らしきもの。
まるで西洋妖怪の百鬼夜行である。
その数は、酒童の視界に入るだけでも20はいる。
しかも次から次へと西洋妖怪が霧の中から現れるため、実際どのくらいの数の西洋妖怪がいるのか、見当もつかない。