羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
天野田は一度は抜いた刀を鞘に収め、首の後ろに手を当てる。
「そうこうしてる間に、なんか数が増えてるねえ」
天野田は飄々としてビルの真下を覗き込む。
「こうしてる間にも、奴らの数はどんどん増えて、皆が来る頃には100になってたりしてね」
「天野田」
おぞましいことを日常のことのように口走った天野田を、酒童がきつめにたしなめる。
これが冗談ならまだしも、西洋妖怪が時間の経過とともに濃霧の中から次々と出てきているのは現実の話だ。
下手をしたら、本当に100体に達するかも知れない。
しかも、そんな数を相手に戦わなくてはならないのだ。
出現した西洋妖怪を、その日に駆除できなかった例はいくつもあるが、いづれも、生き残ったそれは次の日の夜にまた現れる。
これが、その事例と同じふうになったら、大変だ。
連日、羅刹総動員で大量駆除に出向かわなくてはならなくなる。
どちらに転んでも、命懸けの戦いになるのは火を見るよりも明らかだ。
「……」
天野田はちらりと、後ろで小さくなっている茨に一瞥をくれる。
「……ごめんごめん、私が悪かったよ」
天野田は、こればかりは本当に申し訳なく思ったようで、その顔にほんのりと映っていた余裕の色を消す。
「茨」
酒童が呼びかけるが、返事はない。
茨は、いつもの闘志はどこへいったのやら、母とはぐれて道に迷った子狼のように震撼していた。