羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
酒童は固唾を飲む。
戦いたくないが戦わなくては次に地獄を見る。
だからいま地獄を見なくてはならない。
延々と続く負の連鎖に怯える、いつもとは違う茨の姿。
あの茨でさえ、こんなふうに怯えることがあるのかと、酒童は驚愕していた。
「茨」
もう一度呼ぶと、茨が我に返って酒童を見上げた。
「あのさ……無理そうだったら、結界の中にいていいぞ?」
酒童は気遣いのつもりで言った。
まだ入隊して1年にも見たない子供を、無理に戦わせる訳にはいかない。
しかし茨はそれが引き金になったのか、闘気が失せてしまった瞳に、再び小さな焰を燃え上がらせた。
「いいや、俺もやります」
「無理はすんなよ」
「やれます。
それにこれは、俺がやると決めた一生の仕事ですからね」
茨の足は重たげだったが、それでも刀を杖にしてかろうじて立っている。
酒童は下に蠢く西洋妖怪のどよめきに耳を塞ぐこともせず、ぽかんとしてただ一心に茨を見つめていた。
「……わかった。
けど本当にやばいと思ったら大声で呼べ。
窮地では班長に頼れ。
それはどこの班員でも心得てる」
酒童は眉をできるだけ垂らし、どこか威厳のかけた言葉を放つ。
茨が元の顔に戻り、快くうなづいた。
ビルの連なる方角を見やれば、ごま粒のような人影が、ビルの上を渡って来るのが見えた。