羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



(あいつ、今度会ったらとっちめてやる)


酒童は密かに決意して、愛刀・村雨丸に手をかける。


「童貞じゃねえよ。
天野田が勝手にそう思ってるだけだ」

「へえ……。
でも、童貞って、どういう人のこというんすか?」


茨は遠慮がない。

中学時代に耳にしたことがないのか、茨はアダルトな用語には無知だ。


「れ、恋愛に疎いやつのことだ」


取り敢えず、酒童はそう言っておく。


「そうなんですか。
おかしいな、酒童さんにはちゃんとお嫁さんがいるのに」


茨の口からは、やたらと間違った情報が飛び出してくる。

きっと天野田が変なことを吹きこんだに違いない。


「まだ結婚してねえってば」

「えっ?
じゃあ、お嫁に貰うつもりはないんすか」


茨が、心底から残念そうな顔をする。

後ろにいる坊主頭の榊は、爆笑は収まったようであるが、くくくっ、と含み笑いをこぼしている。

酒童はうなじに手を置いて、「んなわけあるか」と否定した。


「その、あれだ。
あいつがそう思うのなら、喜んで……」


茨や他の隊員に背を向け、酒童は恐ろしく小さな声でいう。

いけない、これでは居酒屋の店員のようではないか。

そう思いつつ、酒童はビルの下を覗き込んだ。


「あ」


酒童が淡白な声を出す。


下にいる。

野太い胴をくねらせ、下を進む蛇の躯。

頭には禿げ気味の羽毛が生えており、鋭利な嘴がついている。


「いたぞ」


別人のごとく真剣な声色に、隊員たちは、先ほどの話題のことなど綺麗さっぱり忘却し、目尻を吊り上げた。


「どこですか」

「真下だ」


ここにいる隊員3名が、こぞって下を覗く。


「あれっ、普通にデカイぞ」


茨がそんな独り言を漏らす。


「上に立つと、人の大きさくらい、ってことだろう。

地を這ってる場合の体長は、上から見て10メートルってとこか」

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