羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「いや、もう少し待て、茨。
下にいて奴らにでくわしでもしたら、自殺行為だぞ」
確かにそうだ。
夜は「結界」が働くため、西洋妖怪は民家に手出しができないが、生身の人間が夜に外出することは、身投げに等しい。
「あい」
酒童に敬礼し、茨は愛刀を抜きかけていた手を止める。
茨は今年で16、つまりは年頃の女子高生なのだが、
戦闘員向けの嫋やかな体格に、濃い眉毛に、雄々しい顔つきは男のようだった。
茨は小学校を卒業後、3年におよぶ訓練を経て、この年、羅刹にトップの成績で入隊した。
だからなのか、茨は他よりも好戦的で、刀の扱いにも優れている。
すると、
「酒童さん、います!」
と、茨が小さく声をあげた。
「どこだ」
「この前にある公園の中。いるのは……」
茨が数メートル先の公園を凝視する。
身体改造とも呼べる薬が投与された【羅刹】は、五感が鋭いため、
咫尺を弁ぜぬ闇の中でも、その澄まされた視覚は、正確にものの形を捉えるのだ。
「トロール。トロールが3体です」
茨が言うと、酒童も公園の平地を見つめた。
「でっけえな。何メートルだ、あれ」
「ざっと4メートル、ってとこですね」
「サイズは大きめだが、トロールは知性がねえ。
動きものろいだろうから、一斉にかかれ」
「あい」
茨が抜刀する。
首席の成績を収めた羅刹にのみ贈られる『名刀』が、月光を弾く。
「……よし、かかれ!」
「応ッ‼」
酒童の号令と共に、茨を含め、巨木に潜んでいた3名の隊員が跳躍した。
続いて酒童も高らかに飛び出す。
標高5メートル以上もある枝から飛び降り、羅刹たちは緑の鬼、トロールに向かって駆けた。