羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
棍棒の上に、酒童がいた。
焦ったのか、トロールが酒童を落とそうと、勢いよく棍棒を上げる。
「ふんっ」
力の勢いに乗って、酒童は上に跳ねた。
宙で体を捻り、トロールの背後に落下する。
その一瞬のうちに、トロールのごつい頸が刎ねられた。
あたかもボールか何かのように、トロールの首は地を転がる。
そして着地すると、休まず、茨が囮を務めるトロールの背に刃を突き立てる。
突き立てた刀を足掛けにして、酒童は茨を追って走るトロールの肩に乗った。
水もたまらず、
斬(ザン)ッ、と血飛沫が舞った。
回転しながら山なりに飛ぶ首を見届けると、酒童は、血に濡れた村雨丸を懐紙で拭きもせず、その刃を鞘に収めた。
「トロール駆除、完了しました」
残りの2名からも声があがり、茨がガッツポーズをとった。
「見事な手さばきです、先輩がた!」
「お前の方は大丈夫だったか?茨」
「やあ。俺はただの囮なんで。
駆除に貢献できりゃ、良かったんすけど」
残念そうに手を組む茨だが、実際、囮という役は駆除の次に命を張る。
だからそれなりに実力がなければ、到底こなせない役だ。
「酒童さん」
隊員のひとりが、タッチ式の携帯端末を翳した。
「隣の地区に、ミノタウロスが4体。
応援の要請です」
「ここの地区は、もういないか?」
「呪法班(じゅほうはん)の連絡では、ここにはトロールのみだから、問題はないでしょう」
呪法班は、治癒や結界の施工の他、星読みなどによる予知を担当する、羅刹の一味である。
陰陽師をルーツとする、こちらも人外なる異能の集団だ。
彼らが言うのだから、間違いではないだろう。
「わかった、すぐに行くと伝えてくれ」
「了解」
隊員がうなづくと、誰よりも早く、酒童が北の方向へと走狗のごとく走り出した。