羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
まったく、なんだよあいつは。
人を起こすなり暴言はきやがって。
酒童は蚊の鳴くような声で、ぶつくさと文句を言う。
「……あの野生児が、うちに派遣されてきたらしいね」
さきほどのことを水に流すかのように、天野田が寝転がったまま、ほんの数秒という沈黙を破る。
野生児。
天野田はいつも、朱尾をそう呼んでいた。
だから、朱尾のことを言いたいのだろう。
「ああ。それ、本人から聞いた」
「会ったのかい」
「ん。元気そうだったぞ」
「別に、元気になって来なくても良かったんだけどねえ」
天野田が倦怠なため息をつく。
「昨日、班長から話をされてねえ。
彼は酒童くんの班に配属されたんだって。
なにしろ、放っておくと、隊員とどんないざこざを起こすかわからないから、って。
相変わらず、彼は危険視されてるんだねえ」
「あいつはそんな奴じゃねえよ。
理由もなしに暴れたりなんか、しねえ」
考えるよりも先に本音が出た。
出たが、言葉にしたあとで、「本当に、大丈夫なのだろうか」という不安に見舞われた。
確かに、10年前ならば、こんな不安はなかったかもしれない。
しかし、今と昔の朱尾は、どこか違う。
昼のファミリーレストランでのことを思い出すと、ますます、心のうちに不審な色の染みが広がっていった。