羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
班長は特別嫌いというわけではなかったのだが、寡黙そうな美貌をしているだけあって、雰囲気もきつい印象がある。
だから近寄り難い。
天野田のおかげで、酒童は緊迫する時間を過ごさなくてもすんだというわけだ。
それにしても、
(朱尾は班長にまで警戒されてんのか)
と、酒童は眉をしかめた。
訓練所での評判は、学校での評判と同じである。
生徒が悪事や沙汰を働けば、その情報が、進学先や就職先に漏洩する。
『朱尾錦は危険な男だ』
もしかすると、訓練所の教官からあらかじめ忠告されているのかもしれない。
だとすれば、然るに酒童は腹が立ってくるが、その事件の現場にいたわけではないのだから、どうこう言う権利はない。
なにか理由がある。
そう信じたいが、彼の昼の様子が、その信頼に穴をうがつ。
「……なあ、天野田よ」
酒童は、横たわりながら問いかけた。
「朱尾って奴は、もっとこう義侠心が熱くて、喧嘩っ早いけどいい奴だったよな」
「そういうことは、君がよく知っているんじゃないのかい」
「知ってるつもりだった。
けどよ、自信がなくなってきたんだ」
「何があって、自信をなくしたんだい」
天野田が呆れかえらんばかりに吐息をついて、寝返りをうった。
もちろん、まだ朱尾を見ていない天野田が、あの朱尾の変貌ぶりを知っているはずがない。
だから酒童は、昼間のファミリーレストランでの一件を打ち明けた。
「……でな、朱尾がよ、なんだか昔とずいぶん違ってたんだ。
ほら、お前って訓練生の時代から洞察力に優れてて、頭の回転も早かったろ。
お前なら、なにかわかるかなと思って」
「名探偵みたいに言わないでくれる?
そういうことはねえ、本人に聞くのが手っ取り早いんだよ」
天野田が言っていることは正論だが、彼が吐き捨てるような口調なので、非情な発言にも聞こえる。