ソリューションby君にスイートな運命を
1.夏の夜の三角関係
デニムのポケットから、スマホが鳴っていることに気付かなかった。

あたしは、昔よく遊んだ工場跡を横目に、夏の夕日を浴びながら、自転車を漕いでいた。

信号で止まり、着信音に気付き、慌ててポケットに手を入れた。

「何、どしたの?」

幼馴染で、高校でも1年生の時は違ったが、2年生では同じクラスの菜摘からだ。

「沙奈、今どこ?何してるの?」
「直哉と会ってたんだけど、直哉は今から塾だから、バイバイして、コンビニの帰り」

信号が青になり、スマホを腕で耳に押し当てながら、自転車を押して歩き始めた。

「ちょっと……会って話したいことがあるの」
「何?」
「電話より、会って話したいの……」
「ええ?彼氏できたとか?まさか妊娠したとかじゃないよね?」

いつもより声が沈んでるような菜摘に、わざと明るく聞いてみた。

「違う違う。西町公園はどう?」
「西町公園?うち来れば?」
「沙奈の家に行ったら、お母さんとかいるし……」
「そう……じゃあ、西町公園にしよう。蚊が凄いから、虫除けしなきゃね」
「虫除け持ってる?」
「あるある。菜摘も虫除けしてきなよ?じゃ、あとでね」

スマホをタップして通話を終わらせた。デニムのポケットにスマホを戻した時、小銭がチャリンと音を立てた。

高1のクリスマス前に付き合いだした直哉は、買い物をしてお釣りを貰うと、財布ではなくポケットに小銭を入れる癖がある。

いつも財布に入れるよう注意していたが、春休みにファーストキスをしてから、直哉の癖がうつってしまったようだ。

再び自転車に乗って、来た道を少しだけ引き返した。

今しがた横目にしていた工場跡の隣には、小さい公園がある。

あたし達が子供の頃から工場跡は工場跡のままで、公園も変わらず小さいままだ。

工場跡には赤い屋根の記念館があり、普段は頑丈な鍵がかかっている。

あたし達の親が子供の頃は、紡績工場だったらしい。

その後、あたし達が生まれる少し前に、工場は閉められ、かわりに記念館が出来上がったが、滅多に中を解放していない。

赤い屋根を目印に自転車を走らせた。

公園のすぐ前は、コンビニや、近くの駅直結のショッピングセンターがある。

ショッピングセンターの閉店までは凄く明るく、買い物や駅を降りた人たちで、人通りも多い。

自転車を止め、虫除けスプレーを万遍なく体中に浴び、公園の中に入って行った。

すぐに菜摘も来た。

「何、どしたの……?なんか声、暗かったし……」
「あのね……」
「うん」

菜摘は意を決したように、真っ直ぐに見詰めてきた。

「私……本当は、直哉のこと……好きなの」
「えっ!?」

頭の中がグルグル回転してる気がしてきた。

「ごめん、黙ってて。沙奈が直哉と付き合い始めた頃は、あたしも彼氏いたし、好きとかなかったけど、彼氏と別れて、少し経ってから、正確には、2年になってから……」

菜摘は言葉を一旦切って、俯いてしまったが、すぐに再び真っ直ぐ見詰めてきた。

「ごめん、どうしても、好きで……」

言葉に詰まった。まさか、菜摘が、直哉のことを、好きだったなど、想像したこともなかった。

菜摘は、あたしが直哉とファーストキスをしたことも知っている。

恥ずかしさと、いたたまれない気持ちで、その場にしゃがみ込みそうになった。

菜摘は顔を下に向けている。

あたし達は幼稚園の時から仲が良く、高校に入るとすぐに二人でお揃いのヘアカラーをし、髪型や背丈が似てるせいか、後ろ姿からは双子のように思われていた。

あたしは一人っ子で、菜摘は大学生のお姉さんがいるせいか、化粧やネイルは菜摘のほうが大人っぽい。

菜摘の指先には、色違いのビタミンカラーが施され、あたしの指先は、一昨日、期末試験が終わったあと、菜摘が色をつけてくれたパステルカラーがついていた。

同じミルクティー色のストレートヘアを、思い切り地面に向けている菜摘は、顔を上げる気配が無かった。

あたしのデニムからスマホの着信音が鳴り、取り出そうとした時、弾みで小銭が飛び出してしまった。

「あっ……」

100円玉や10円玉が2〜3枚、地面を転がり、あたし達の意識は、小銭を拾うことを優先した。

最後の100円玉がなかなか取れず、記念館の前まで来た。

記念館のドアの前で100円玉はぶつかったため、そこで拾えると思った。

だんだん辺りも暗くなり、街灯が点き始めた。

そんな中、100円玉は止まらず、落ちた。

「えっ……?」

あたしは目をこらした。

菜摘も、今は直哉どうこうではないといった感じに、100円玉の行方に目を見張っていた。

「沙奈……今、落ちた、よね……?」

菜摘の口調からは、直哉のことが感じられない。

あたしも、落ちるところのない100円玉が、落ちたことに気がいっていた。

あたし達は顔を見合わせて、目をドアのほうに向け、手をつないでそっと落ちたほうへ行った。

「キャッ!」
「やだ……!」

あたし達は二人同時に叫んだ。

なぜなら、あたし達も100円玉と同じように、落ちたからだ。






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