夢幻の魔術師ゲン
敷地内を出てからおよそ三十分。

 どこへ行くのかと思いながらライルの後をつけていたステラだが、流石にそろそろ疲労の色が滲み出ていた。

 しかし、いまだにライルは足を止める気配がない。

(あいつ、どこまで行くつもりなのよ。あーもう。こんなことなら行くんじゃなかった)

 靴擦れで足が痛い上に、秋に差し掛かったこの季節は夜になると非常に寒い。

 我ながらよくここまで追いかけてきたものだと自負したくなったが、まだ右も左もわからない街中をこれだけ歩いて、果たして屋敷まで無事戻れるかという不安が、先ほどからステラを後悔の念にさらしていた。

(うぅ~寒い。せめて上着を着てこればなぁ)

 潮風が鼻をつく。

 時々唸り声をあげて吹く風が、ステラの髪をなびかせた。

 流石に真夜中なので、街を出歩く人の姿はほとんど見ない。

 街灯の明かりだけが頼りの街中は、不気味なほど静まり返っていた。

 やがて、ライルは大通りで立ち止まったかと思うと、いきなり後ろを振り向いた。

(げっ)

 とっさにステラは物陰に隠れて難を逃れたが、心臓の鼓動だけがうるさく鳴る。

(危ないなあ、もう。心臓に悪いわ……って……ん?)

 ここで、今まで大通りを歩いていたライルが路地裏へと足を踏み入れた。

 息を潜めてその路地裏のすぐ近くまで歩み寄ると、何やら男女数人の話し声が聞こえた。

「おせえぞ、ライル。いつまで待たせるんだよ」

「ほんと。私たちの身にもなってよね」

「……あぁ、すまない。親父が寝付くのを待っていたんだ」

「ったく、これだからいいところの坊ちゃんは困るぜ。……ま、詳しい話は中でしようや」

 男が指差した方向に彼らは向う。

 その先の扉を開くと同時に小さなベルの音が鳴り、彼らは店らしき室内へ入った。

 その路地裏へ顔を覗かせたステラは不審を隠せない。

 おそらく、知る者しかこの場所へ足を踏み入れたりはしないだろう。

 それほどまでに、大通りの綺麗な街並みとは違って、かすかにドブ臭いこの暗い路地裏は非常に陰気くさかった。

 おそるおそるライルたちが通った道を進んでいくと、一本道の路地裏の奥には一軒だけ窓から明かりが漏れ、そこで多数の人間がわいわい騒ぐ声が聞こえてきた。

 深夜になっても開かれ、多数の人間が集まり騒ぐ店と言えば答えは限られる。

「ここって……もしかして酒場?」

 だとしたら大問題である。

 叔父から聞いた話によればライルはまだ十七歳。

 十八歳以上が大人と認められているこの国では、未成年者は酒を飲むのを禁止されているし、そもそも学生の身分である彼が、真夜中にこのような場所へ足を運んだだけで処罰ものだ。

 嫌な疑惑が確信に変わる。
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