夢幻の魔術師ゲン
 ここまで来たら引き返せない。

 店の外に置かれた酒樽を踏み台にし、小さな窓からこっそり顔を覗かせたステラは、店内をざっと見渡した。

 その中には、いかにもガラの悪そうな男や酔いつぶれた男、酔いが回って高らかに笑う女たちが十数人。

 そしてカウンターでは、二十代と思しき男女四人に囲まれたライルの姿がそこにあった。

 何を話しているのかよく聞こえないが、どうやらあまり穏やかな話ではないことは、見た目の雰囲気からして一目瞭然だった。

「……で、ライル坊ちゃん。約束通りちゃんと持って来たんだろうなぁ?」

 煙草を吸いながら、ライルの肩に腕を回した男が言う。

「あ、あぁ。もちろんだ。ちゃんと……盗んできたぜ」

 抱えていた荷をライルが解くと、中から信じられないものがステラの目に飛び込んだ。

 テーブルに広がるのは、札束、宝石、高級時計、骨董品の数々だったのだ。

 額にしてどれくらいあるだろう。

 今までみたことのない莫大な大金がそこにあり、学生の身分のライルが自分で用意できる代物ではない。

 ならば、どこでそれらを手に入れたのか。

 ライル・ヴァレンタインは資産家ファウロの息子。

 答えは容易に想像できた。

(どうしよう……どうしよう! 大変なものを見ちゃった……)

 手が震える。

 体が強張る。

 額に冷や汗が流れ出る。

 声は聞こえなくとも、どんなやり取りをしているのか手に取るようにわかってしまう。

 危ないことに手を染めているのではないかと疑っていたが、まさかこのような事態になるとは思ってもみなかったのだ。

「へへっ。よくやった、ライル坊ちゃん。流石は資産家ヴァレンタイン。たっぷり金を持ってやがる」

「っ……なあ、もういいだろ。言われた通りの物は用意したんだ。だから……」

「あ? だからなんだよ。もう許してくれってか? いーや、駄目だねぇ。お前にはまだまだ働いてもらうぜ」

「うわっ」

 屈強そうな男の一人が、ライルの頭を乱暴につかんでテーブルに顔を押し付ける。

「なに、難しいことはねぇ。親の金をちょこっと盗むだけでいいんだ。それが嫌なら……」

 懐からナイフを取り出し、ライルの首筋に向けたその時ーー。
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