夢幻の魔術師ゲン
 大の男三人に捕まれば、華奢な体格のステラが逃げることは難しい。

 もしかしたらもう、逃げられないのかもしれない。

 こうなってはライルを助けたこと、彼の後を追いかけたことにとてつもない後悔の念が湧き上がる。

 グローナに来て早々、叔父に迷惑をかける上に、このまま男たちのいいようにされてしまうのかと思うとどうしようもなく怖くて、悲しくて涙が出た。

「お前ライルの知り合いか? なら身をもって知りな。女が俺たちの邪魔をするとどうなるか……」

 男がステラの胸に手を伸ばしたまさにその時だった。

 どこからともなくひたひたと、まるで、裸足で床を歩くような音が不自然にステラの耳に届いた。

「な……何だ?」

 妙な足音と気配に気が付いたのはステラだけではない。

 男たちも、暗い道の奥から次第にこちらに近づいてくるその音と気配に、息をのんで目を凝らした。

 気のせいだろうか。

 周りの景色が先ほどよりも暗く、暗く、闇の中へと沈んでいく。

「何だよ、これ……。おい! 誰かいるのか!?」

 気のせいではない。

 今の今まで光を放っていた街灯の明かりが消え去り、辺りは月明かりすら役に立たない闇のそれへと変貌する。

 体が動かない。

 声も出ない。

 ステラだけでなく男たちも、完全に足がすくんでいた。

『来たよ……ステラ……』

 闇へ引きずり込もうと誘う、深い、深い、聞き覚えのあるあの声音。

 悪夢として何度も夢に出てきたあの言葉。

 それら全てがステラを、この場にいる者たちを皆恐怖で支配した。

 そして、闇の奥から男女が二人、生臭い鮮血を滴らせながらその姿を現した瞬間。

「うわああああああっ」

 悲鳴を上げた男たちは手にしていた銃を一斉に発砲した。

 しかし、銃弾は男女の体を確かに貫いたにもかかわらず、彼らはひたひたと足音を立て、確実に迫って来た。

 男たちの顔はみるみる恐怖で引き攣った。

 銃が通用しないことが分かると、男たちはステラの存在など忘れ、一目散にその場から逃げだした。

 一人取り残されたステラは、目を反らすこともできずにただじっと、小さな肩を震わしながらそれを凝視する。

『やっと会えた……やっと、やっと……。さあ……おいで。一緒に行こう……。君を……迎えに来たよ……』

 両親だったそれが手を伸ばす。
 
 ゆっくりと確実に近づいてくる。

「い、いや……来ないで……」

 これは、大好きだった父と母ではない。

 ただの、器を似せたまがい物にすぎない。

 頭の中では分かっているのに、体が、腕が、自分の意思とは関係なく吸い寄せられる。
< 15 / 28 >

この作品をシェア

pagetop