夢幻の魔術師ゲン
「いやっ……私……私は……っ」

 まだ、死にたくない。

 あれに捕まったら、殺される。

 ついに腕を掴まれ、引き寄せられ、闇の中へと体が引きずり込まれた。

 怖い。

 動けない。

 声が出ない。

 もう、どうすることもできはしない。

「ーー去れ」

 唐突に、何者かの声が響いたかと思うと瞬時に闇が消え去った。

 掴まれた腕が解放され、ステラの金縛りが解け、消えていた街灯に再び明かりが灯る。

 声が聞こえた方角に目を向けた。

 月を背にして静かにステラを見下ろしていたのは、十五、六歳ほどの美少年だった。

 ゆったりとした黒衣を身に纏い、右の横髪だけが中途半端に長いその色は夜闇の色、翡翠色の双眸。

 首から下げているのは水晶だろうか。丸みを帯びた半透明の青い石。

 少年は、静かに言った。

「闇に潜む者、今すぐこの場を去れ」

『おまえ……は……』

「去れ!」

 鋭く言い放つと、突風と共に、両親の姿をした化け物は闇の彼方へと消え去った。

 この場を支配していた冷たい空気が正常に戻る。

「大丈夫?」

 少年が声かけた。

「は……はい。ーーあ、いたっ」

 呟いた瞬間、恐怖で忘れていた肩傷の痛みが再び襲う。

 男たちが銃で撃った弾丸はステラの肩をかすめ、鮮血が真意の袖を真紅の色に染めていた。

「怪我をしている。……みせて」

 少年は自らの服に手をかけると一部をびりっと引きちぎった。

「あの……」

「じっとして。すぐに終わる」

 少年は細く引き裂いた布生地をステラの肩に巻き、止血してくれた。

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