夢幻の魔術師ゲン
「あの、おじさま。ライルはいつも何時くらいに帰ってきますか?」

「時間かい? そうだねぇ。日によっても違うが……大体夕暮れまでには帰ってくるよ」

「そうですか……」

「はは、どうしたんだい、急に。ステラちゃんがライルのことを気にしてくれるなんて何だか嬉しいねぇ。どうだい、あの子の伴侶になるというのは……」

「あなた、お食事中ですよ」

 妻の、冷やかな一言が叔父の言葉を静止した。

 微笑みながら冷や汗を垂らして固まった叔父は、わざとらしく咳払いをする。

「あ~……今のはね、うん、冗談だ。……ニーネは怖いねぇ」

「ステラちゃんはここに来たばかりなのですよ。従兄に当たるとはいえ、ライルに会ったのも赤ん坊のころを除いて今日が初めてなのですから、冗談でもそのようなことを言われれば困惑してしまいます。……ごめんなさいねぇ、ステラちゃん。この人、ステラちゃんが家に来ると決まった時から大はしゃぎで。昨日なんか、興奮してなかなか眠れなかったみたいなのよ。ほら見て。眼の下に隈ができているでしょう?」

 言われてみれば、叔父の目の下には薄らだが確かに隈があった。

 妻の言いように、恥ずかしいのか慌てふためいた叔父は若干頬を赤く染めて言い訳をする。

「こらこらこら。この私が興奮などするはずないだろう。昨日はだね、うん。書類の整理をしていたから眠るのが遅くなっただけさ。あはっ」

 中年のおじさんが可愛らしく小首をかしげてほほ笑む様にどう返してよいか分らなくなったらしい。

 妻はあきれながら食事を進めた。

 仲睦まじいヴァレンタイン夫妻。

 ステラは目を細めた。

 両親の仲もとても良かった。

 人間だから時には喧嘩もするけれど、それでも次の日には何事もなかったように過ごしていた。

 喧嘩の終わりを告げるのは、いつも父と母の笑顔だったことを覚えている。

 やがて、食事もほとんど終わりかけた頃、そういえばと、あることを思い出したステラはスプーンを置いて叔父を見た。

「おじさま。お聞きしたいことがあるんですけど……」

「何だい?」

 メイドのベルの反応があれだったので訊いても良いものかどうか一瞬迷ったが、気になるのだから仕方がない。

 ためらいながらもステラは思い切って尋ねた。

「……クロスティアって、知っています?」

「ぶ―――っっ」

 その場にいた誰もが全員吹き出した。

 食後の紅茶をすすっていた叔父は豪快にそれを吹き出し、妻は蒸せ、叔父の両親は危うく窒息しかけている。


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