夢幻の魔術師ゲン
「どうだいステラちゃん。ラグナとは随分違うだろう。……おお、あれを見てみなさい。ほら、あの鐘楼だよ。てっぺんに鐘が見えるかい? あれは街のシンボルでね。鐘の音が、街に潜む闇を祓ってくれると言われる縁起物の塔なんだ」

「へぇ……」

 縁起物だという白い塔を眺め、ステラは目を細めた。

 他の建物と違い一段と高くそびえる鐘楼は、施された装飾やその色合いがどこか神秘的な風味を醸し出している。

 故郷ラグナは何せ田舎なので、アスティア王国第二の都市と呼ばれるグローナに比べると人工も圧倒的に少なく、建築物も簡素な造りのものが多い。

 だから、長い歴史を持つ美しい街グローナは、ステラの憧れの地でもあったのだ。

「この街にはちょっとした言い伝えがあってね。何でも昔、夢魔という魔物が人々の夢に入り込んで悪さをしていたそうなんだ。けれど、あの鐘楼が建てられて鐘の音が鳴り響いて以来、夢魔はグローナに近づいて来なくなったと言われているんだよ」

「魔物……? 面白い言い伝えですね。ムマ……なんて初めて聞きましたよ」

 そもそも魔物というもの自体が迷信なわけだが、神話や伝説などで語られる魔物や精霊は、地方によって様々な姿形で伝えられている。

 国によっては神は絶対神だとか、八百万の神だとか、とにかく世界中には人間が憧れまた恐れる存在というものがいるらしい。

 生憎オカルトを信じていないステラにとって、正直なところ叔父が言う話にはあまり興味がないのだが、街を紹介するのに懸命な叔父はステラの疑問に真面目に答えた。

「あぁ、夢魔というのはね、人の夢に入り込む悪魔の名前だそうだよ。なんでも夢魔に取り憑かれると、毎晩悪夢を見るとか。……ま、迷信だとは思うけれどね。睡眠中に起こる金縛りや悪夢といったものは、大抵ストレスが原因だと言われているから」

「ストレス……」

 そうかもしれない。いや、きっとそれに違いない。

 俯いて衣服を握りしめたステラの心境をどことなく悟ったのか、叔父は声音を低くして尋ねた。

「ステラちゃん……大丈夫かい?」

「えっ?」

「あまり話に出したくはないが……ご両親が亡くなってからおよそ1ヶ月の月日が流れた。君を引き取ると言ったのは私だが、故郷の地か
ら離れるのは君にとって辛いことなんじゃないかと思ってね」
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