夢幻の魔術師ゲン
 案内されたステラは、ごくりと生唾を飲んで緊張しながら屋敷内に足を踏み入れた。

 広々としたエントランスをくぐると、床に敷き詰められた多くの大理石、壁にかけられた様々な絵画が立ち並んでいることに目眩を覚えそうになった。

(うわ、わ……本当に何から何まですごい。桁違い。別次元だわね、これ)

 輝かしいほどの屋敷の内装に目を奪われていると、燕尾服を着た老執事の姿が目に留まった。

「お帰りなさいませ、旦那様」

「うむ。……あぁ、この麗しいレディが私の姪だ。ステラ・ヴァレンタイン。使用人たちにも後で紹介しよう。それから……」

「ーーオヤジッ!」

 突如響き渡った声に驚き、ステラは声が聞こえた方角へと目を向けた。

 見やった先には、階段の手すりにもたれかけてこちらを見下ろす、ブロンド髪の少年。

 背格好からして歳は17、8歳といったところだろうか。

 ステラよりも少し上だと思われる。

 ……が、印象は悪い。

「なんだよ、居候する奴ってそいつのことか? どんな奴かと思えば……とんだブスだな」

「んなっ……ブ、ブス!?」

 とても初対面の人間に対する態度とは思えない悪態を少年は吐いた。

 拳をわなわなと震わし、言い返すかべきか迷ったその時ーー。

「ライルッ、なんてこと言うんだ! こっちに来なさい! 今すぐ謝るんだ!」

 息子のあまりの態度に憤慨した叔父が、血相を変えて怒鳴った。

 しかし、反抗期の少年は父親の言うことなど聞きやしない。

「うっせぇよ。事実を言っただけだろうが。ったく、めんどくせぇオヤジだぜ」

 ふんと鼻を鳴らした少年は、父親の言葉を無視して階段を登りその場を去る。

 屋敷に来て早々、なんとも言えない沈黙がしばらくこの場を支配したが、やがて叔父は息をつくとステラに向き直った。

「すまなかったねぇ、ステラちゃん。あの大馬鹿者は私の息子でね。他の兄弟とは年が離れた末っ子なんだよ。どうやら甘やかしすぎたみたいでね。あのように礼儀知らずに育ってしまった。申し訳ない」

 と言ってため息をつきながら頭を下げてきたので、あたふためいたステラは首をふる。

「いえっ、そんな。おじさまが謝る必要なんてないです。全然気にしていませんから……」

 それは嘘だが、これからお世話になるので頭を下げるのはむしろこちらの方で、自分を引き取ってくれた寛大な叔父にそのような行為をしてほしくない。

「何とか頭をあげてもらうように説得すると、躊躇った後、叔父はようやく頭をあげた。

「……ライルには私から後できつく言っておこう。気むずかしいやつだが、本当は素直な子なんだよ。……では、ジェレミーにステラちゃんの部屋を案内させよう。後で私が屋敷内を一通り案内するから、荷物をおいたらまたここにおいで」

「はい、わかりました」

 軽く頭を下げると、ステラは部屋までの道のりを案内する老執事のあとについて行く。

 案内された広すぎる個室に圧倒されながら、荷物をおいたステラは再び叔父のところへと舞い戻った。

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