夢幻の魔術師ゲン
「駄目だな……私」

 不慮の事故で一か月前に亡くなったステラの両親。

 あれ以来、毎晩のように見る悲痛な両親の姿と謎の声のせいで、ステラはいつも魘されていた。

 あれが、あの身の毛もよだつ恐ろしい夢が、悪夢とでも言うのだろうか。

(グローナの鐘の音は、魔を祓う力があるって聞いたからちょっとは期待していたのに……)

 所詮は迷信。

 誰も、あの夢から助けてはくれないのだ。

「あーあ。……もう、眠れないな」

 完全に目が覚めてしまったステラは、寝台から降りて燭台の灯を灯した。

 寝衣姿のまま部屋を出る。

 時刻は真夜中。

 屋敷内の人々はすっかり眠りについたのだろう。

 静まり返った薄暗い廊下をゆっくり進んでいくと、ステラは屋敷の外に出た。

 雲が少ない夜空にそびえるのは満天の星、金色の月。

 庭の景観に添えた噴水の音だけが心地よく耳に響く中、ステラは広大な庭園に足を踏み入れた。

 花壇の傍にある凝った作りの長椅子に腰を下ろすと、霞のない空を仰ぐ。

「綺麗……。グローナって、星がこんなに見えるのねぇ」

 ラグナも結構な星の数が見えたが、グローナはそれをはるかに上回る。

 帯状に連なる夜空一帯に広がる星の数はもはや数えきれない。

 しばらくぼんやりと景色を眺めていたステラだが、ここでふと、屋敷の玄関の扉が開く音がし、振り返ったステラは慌てて燭台の灯を消した。

(だれ……?)

 見回りをする使用人だろうか。

 暗くてよく分からないが目を凝らして見てみると、体格から判断するにそれはどうやら男性のようだった。

(ファウロおじさま……? いや、違うな。それにしては背格好が……。……まっ、まさかまさか、泥棒!?)

 こんな夜更けに灯りも持たずに一人で出歩き、さらにその人物は何やら荷を抱えているようだったので、泥棒という可能性は否定できない。

 男は、ステラがいる方角へまっすぐ向かって来た。

(やっ、やばい……っ)

 慌てたステラはとっさに長椅子の後ろへと身を隠す。

 どうか相手が、こちらに気づくことなく通り過ぎてくれることを願いながらステラは息を潜めていると、男は一歩ずつゆっくりと、ステラがいる長椅子の前までやって来た。

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