嫌われたがりと天邪鬼 完



放課後部屋に来て。可愛らしい猫の絵文字付きのメールを受け取って、了解と可愛げの欠片もない返信をした昼休み。

一旦家に帰りメイクを落とし、部屋着に着替えてからでもちゃんとこうして部屋に来たのだからお茶をぶっかけられるような謂われはないはずだ。それにいくら遅くなったとはいえ時間はまだ7時にもなっていない。
当然こちらに怒る権利はあると思うのだがどうだろう。


怒りの視線で彼を射抜くものの、奴はそんなことは知らんとばかりにしれっとした表情。しかし微かに緩んだ口元から、この状況を楽しんでいることが知れる。この野郎。

怒りから思わず拳を握り、そのお綺麗で僅かな凹凸もない頬にこれを喰らわせてやろうかと一瞬思ったものの、怒っていたってどうせ一方通行だと自分に言い聞かせ、何とか怒りを鎮めた。そしてずいっと彼に右手を差し出す。


那智はその手を見てきょとんとした後、ああ、だとか何とか呟いて、ポンと自分の左手をわたしの右手に置いて。「ワン」。
…いや、別にお手を催促したわけじゃないんだけど。犬か、お前は。どちらかというと猫だろ。っていや、別に今そんなことはどうでもいいんだけれど。

呆れて馬鹿馬鹿しくなってしまい、わたしは深いため息をついて「馬鹿じゃないの」とその手を退かした。



「お手じゃなくて、タ・オ・ル。どうせ用意してンでしょ?」

「あー………」



那智は曖昧な声を上げ、すっと表情を曇らせる。…が、机にはフワフワと柔らかそうな白いタオルが載っているのが見えるので、別にそれは用意していなくて決まりが悪いからそんな表情をしているわけではない。

ただ単純に、『渡すのが惜しいから』表情を曇らせているだけだ。

ちなみにそれは嫌がらせでも何でもなく、那智は面白いことが一つ減るのが惜しいと。そんな子供のような理由で渋っているのだと、わたしは知っている。


面倒な奴なのだ、相川那智という男は。


「いいから渡せ」ともう一度右手をずいっと那智へと差し出して催促すれば、渋々…本当に渋々という体で彼はわたしの右手にタオルを載せた。口元がへの字になっている。そんなのは見なかったことにして奪い取るようにしてそれを受け取った。

フワフワと心地よい肌触りのそれでぐしゃぐしゃと髪の毛を拭い、濡れた服を適当にポンポンと拭う。そしてしゃがみ込んで多少濡れてしまったフローリングの水滴も綺麗に拭いとった。
その一連の作業を終えぐしょぐしょになったタオルをポイッと那智に放れば、彼はそれを予期していたかのように簡単に投げたそれをキャッチする。

…その仕草すら絵になるのだから、全く美形とは狡いものだと思う。


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