嫌われたがりと天邪鬼 完
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それからの那智は本当にいつも通りだ。
…いや、わたしに対する嫌がらせの累々はなくなったか。
それは喜ばしいことのはずだ。けれどわたしは逆に不安になった。やはりあんなことしなければ良かった、と。
彼の唇の感触を思い出しながら自分の唇に触れ、こっそりとため息をつく。あんなことしなければ、きっと本当の意味でいつも通りに戻れたはずだったんだ。
あれからもう二週間が経ったけれど、未だに彼からは何の嫌がらせも受けていない。話すし普通に顔を合わせるけれど、嫌がらせの類は綺麗さっぱりなくなった。
「わたしってマゾなのかな…」
「いや美由紀はどっちかっていうとサドなんじゃない…ってどうしたのよいきなり」
「嫌がらせがなくなって喜ぶのが普通なんじゃないの?なのに寂しいとか辛いとか大丈夫なのかなわたし…」
「ねえ聞こえてる?嗚呼大丈夫じゃないみたいね、頭が。ねえ美由紀?」
親友は鬱陶しそうに目を細めてわたしを見る。けれどわたしはそんなことには構わずにため息をついた。
やめてよ何か暗いから、と彼女はいつもの通り容赦がない。
「…どうしたのよ。嫌がらせって、相川のこと?」
「うん」
「へえ。…何で寂しいだとか辛いだとかって感情に行き着くわけ?っていうか何でそれなくなったの?美由紀にはすごい嫌がらせしてきたんでしょ、色々」
「あー…まあ関係の境界を越えたっていうか……」
「何それ」
「いや…まあね」
「――前から気になってたんだけどさあ」
彼女が長い髪をかきあげた。その仕草にはどことなく高校生に似つかわしくない色気があったように思えて、同性なのにも関わらず思わず目を逸らした。
…こういう無駄な色気は那智に似てるかも。そんなこと言ったら絶対嫌がるだろうけど。
そんな馬鹿なことを考えているだなんて知らない彼女は、じっとわたしを見つめてボソッと問い掛けた。
「美由紀って相川のこと好きなの?」