嫌われたがりと天邪鬼 完
 あっけらかんと言い放つ、彼女の言い分は実に正しく無責任で。確かにねえ、などと適当な相槌を打ちながらも、僕には愉快で堪らなかった。美由紀には時々こういうところがある。

 基本的に彼女は『善い人』だ。悪意よりも善意のほうが彼女の内を占める領域は広い。僕のように無意味に人の感情を落とすような行為は働かないし、困っている人を見れば彼女は当たり前に手を差し伸べるだろう。

 けれど、だからといって、彼女が聖人君子なわけでは、決してない。

 悪態は吐くし手も早い。努力だって嫌いだし、人に対する好き嫌いも実は激しい。おまけで付け加えると、嫌いな人間に対する拒否反応は案外苛烈だ。特別嫌がらせをするようなことはないが、それでも相手を嫌っていることを全面に出してくる。

 等身大の、悪意。意識的に悪意を持つ僕とは違う。けれど美由紀も確かにそれを持っていて、彼女の中の悪意を実感する度に、僕は安堵から来る愉快さで、口元がいつも綻んでしまう。


「……何よ、にやにやしちゃって気持ち悪い」


 目線を上げた美由紀が眉を寄せて僕を見た。鋭い眼光が灯る、その目に僕を映し出す。完全なる『善い人』ならば、きっと口に出すことのないだろう台詞。


「……否、美由紀も悪い人で良かったなあ、と思って」

「は? 何、喧嘩売ってる?」

「売ってないよ、本当にそう思っただけ」
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