嫌われたがりと天邪鬼 完
「こっちは彼女の名前すら知らない関係なのに、さ。話したこともない、存在を認識してすらいなかった、それなのに『好き』だって」
「…うん」
「一目惚れでした、って言ってたよ。…馬鹿みたいだね、つまりは僕のルックスに惚れたってことでしょ」
「そうなるね」
「要するに彼女は、極端な話、僕以外がこのルックスを持っていればそっちに惚れるんだよ。僕のことなんて、正直、どうでもいいわけ」
「…で、振ったわけだ」
「それはもうこっ酷くね。『相川くんがこんな人とは思わなかった!』って泣いて走り去られたし」
「うーわ、何言ったし」
「…最低なことだよ」
嘲笑するように息を吐き出す那智の横顔は憂いに満ちている。…本当にコイツは馬鹿だ、と思った。
恋愛に対してどれだけ理想を抱いているんだ、とか、どうしてそうやってたくさんの女の子を傷付けるんだ、と。
言いたいことはたくさんあって、しかしそれらは全て形になることはなかった。喉元近くでグルグルと渦巻いてひどく息苦しい。…一目惚れというワードが彼の心をひどく傷付けたことは容易に想像がついた。
渦巻く思いを言葉にする代わりに、他の台詞が口から出た。
「…那智って元から最低じゃん」
「うわ、容赦無いね」
「だってわたしにお茶ぶっかけたりするし」
「うん」
「…こっちはいい迷惑」
「うん」
「那智のそういうとこ、」一旦言葉を切って、息を吸った。「…大嫌い」
そう、言えば。
那智の表情から嘲笑の色が消えて、ふっと微笑む。ほんの少し入り混じった寂しさは、見ない振りをした。
そして、更に顔をほころばせると、彼は言う。
「…うん、知ってる。ありがと」