ひとときの恋
ある冬の日
「あ~寒っみぃ。なんだよこの寒さ、ありえねー」


 ぶえっくしょんと派手にくしゃみをしながら土方が呟く。

 それに続いて隣に腰を降ろしたあたしが囲炉裏の灰をいぢりながら「ほんとにね」と言葉を返した。


「瓦版に今年は極寒だって書いてあったから、まだ寒くなるかもしれないわよ」

「極寒だぁ? 勘弁してくれよ。俺は寒いのはでぇっ嫌ぇな んだ」

「そんな事あたしに言われてもねぇ」

「おい鈴、燗を一本頼む。茶だけじゃどうも温まらん」

「何言ってんだよバカタレ。さっき起きたばりで今は朝だよ。朝食もまだだってのに」

「朝食はいらん。酒だ酒。酒をつけろ」

「ダメ だったら」


 掛け布団にくるまって囲炉裏の前を陣取る土方に、呆れの溜め息をつく。

 でも確かにこの寒さはちとこたえるねぇ。別に冬は嫌いじゃないけどこうも寒いと土方のいうとおり熱燗でもつけてこうくいっと一杯……いやいやダメダメ。あたしまでそんな事言ったら誰がこの酒乱をとめられるってんだ。ダメダメ、酒はダメダメ。


「ちょっくら新しいお茶入れてくるわ」


 と、立ち上がった時だ。


『失礼致します副長、起きていらっしゃいますか?』


 凛とした声が聞こえ、それと同時にトントンと遠慮げに襖を叩く音。それに土方が返事を返すと静かに襖が開かれ、ひょっこりと綺麗な顔立ちをした青年が姿を覗かせる。


「あら、おはようハジメちゃん」


 あたしが笑って声をかければ、ハジメちゃんと呼ばれた青年━━斎藤一もにっこりと柔らかな微笑みを返しペコリと深く頭を下げた。


「おはようございます、鈴さん」

「どうしたんだいこんな朝間っから」

「朝餉をお持ち致しました。そろそろご起床なさる頃かと思いまして」


 そう言って黑のお膳を掲げる様に手に持ちしずしずと部屋へ入ると、土方の前へと置いてもう一度深々と頭を垂れた。その拍子に肩まで伸ばした少し色素の薄い髪がさらりと彼の頬を撫でる。


「今朝は寒いのでお清が粕汁をこさえて下さいました。副長お好きでしょう?」


 少し首を傾げながら問いかけられた言葉に土方は片眉をピンっと跳ねながら「粕汁?」と返した。


「俺ぁ今は酒の気分なんだがな」

「またその様な。いけませんよ朝からお酒などと」


 咎める様に眉根を寄せて「粕汁で我慢なさい」と言うハジメちゃんに、土方は不機嫌に唇を尖らせる。その顔がおかしかったのかハジメちゃんの口からコロコロと鈴の転がるような笑い声がもれた。


「なんだい、膳だったらあたしが取りに行くのに。何も組長がそんな事しなくてもいいじゃないか」


 そう、一見どこぞのお武家のおひぃさん(お姫様)みたいに中性的で綺麗な顔立ちをしたこの男は、こう見えて新選組隊士の中では剣豪と謳われる沖田総司と同じ実力を持った隊士で三番隊の組長なんだ。

 本当だったらこんなおさんどさんみたいな事させられない奴なんだけれど、どうやら根っからの世話好きの様で上司の土方ならず部下である他隊士にもこうやって世話を焼くんだ。まぁそれがハジメちゃんが好かれる長所なんだろうけど。


「昨日も夜回り組でさっき帰ってきたばかりなんだろ? そんなのはあたしがやるからあんたは休みなよ」

「ご心配ありがとうございます。でも鈴さんを呼びに来るついでだったのでお気になさらず」

「あたしを?」


 


 
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