ひとときの恋
「明里姐さん!?」


 驚きに目を見開き姐さんの名を呼ぶ。その時ふと目端に姐さん以外の人影を捉えそちらに視線を流す。


「…………」

「…………」



 そこには紺色の着物を身に纏った長身の男が、不機嫌そうに眉間に皺を寄せてたっていた。

 長い髪を肩辺りでひとくくりにして前を垂れ流している。何か見覚えのあるその姿。

 えーっと。

 う~ん……。

 どっかで見た事……。


「…………」

「あーっっっ」

「うるさい」


 あたしの悲鳴に近い声に、男の眉間にもう二・三本皺が追加される。


「あ、ああ、あああんた、山南敬介!!」


 そう。どっかで見たことがあると思ったら新撰組屯所でみた事があったんだ。

 新撰組内で、局長である近藤勇の補佐を担う副長という役所がある。まず一人は鬼の副長と名高い土方歳三。そしてもう一人が今目の前に いる山南敬介。

 熱血漢で仲間思いだけど敵には非道だと言う土方とは反対に、この山南と言う男は冷静沈着で仲間・敵に関わらず冷酷非道と名高い。どうやらこいつはあたしが屯所に住んでいることも気に食わない様で、何かにつけては嫌味たらしいちょっかいをかけてくる。ほぼ口での嫌味だけど。

 実際あたしもこいつは好きじゃないんだけど……。 というか何で明里姐さんがこの冷血漢と一緒にいるんだよ!


「姐さん! 何でこんな奴と一緒にいるんだよ!?」


 半ば怒鳴りながら問えば、姐さんはぽかんとした顔で答える。


「何でって、山南さんはあての一番客やもん。 今日も店に来てくれはって、今お送りしてるとこや」

「一番客!? ってあたし知らないわよこんな奴」


 婪華楼に入廊してすぐにあたしは明里姐さん付きの妹女郎となった。妹女郎の役どころは姐さん女郎の着物の用意、お使い等々。勿論姐さんの客の把握もしなきゃならない。そんなあたしだけど、ただの一度もこいつを店で見たことなんてなかったわ。


「お鈴。いくら落籍した言うても歳上には敬意をはらいなさいて教えたやろ」

「嫌よ。こんな奴に敬意なんて誰が払うもんか!」


 姐さんの叱咤にあたしはプイッとそっぽを向く。そんなあたしに姐さんは苦笑いながら、隣に立つ山南を見上げた。


「山南さん堪忍え」

「別に構わん。もとよりこんな小娘に好かれよう等とは思っておらぬからな」

「小娘ぇ~!? あたしの名前は鈴だ。いい加減名前くらい覚えたらどうなんだいこの朴念人」

「ほぅ? 朴念人などという言葉を知ってるのか。然程阿呆という訳ではないようだな」


 言葉の最後にまた"小娘"と付け加え上から見下ろしてくる山南。
 

(こんの性悪狐ぇ~っ)


 その偉そうな態度に腹がたってギロリと睨みつけるけど、山南は涼し気な顔だ。


「それはそうとここで何をしている」


 切れ長の目があたしとその隣にいた山崎を順に見ていく。

「お千ん所に昼飯食べに来ただけ。副長こそ昼間から遊女侍らして何してはんの」


 遊女侍らしてって……。

 到底普通の子供からは聞くことはないであろう発言に、あたしはギョッと身をひいた。

 この山崎ススムと言う奴。隊内で一番の最年少ながら大人が絶句する事ばかりを口にする。

 隊士相手ならまだしも幹部である土方や近藤さん相手にでもこんな感じらしいからあたしゃ毎回肝を冷やすんだよ。

 まぁ山南相手ならもっと言ってやれって感じ だけど。


「副長が浮気してたってハジメに言うてやろ~」

「誰が浮気だ。訳のわからん事を言うな」


 ニシシと悪戯っぽく笑う山崎に、山南はとうとう頭を抱え項垂れる。不機嫌全快な溜め息をつくと歩みを再開させた。


「明里、送りはここまででいい。店に戻りなさい」


 ついで歩き出した明里姐さんに手をあげて止めると、さっさと一人歩いて行った。

 その後ろ姿を見送りながら山崎がポツリと言葉をこぼす。

「絶対ハジメに言うたる」

「ハジメちゃんに言ってどうなるってんだよ。しかも浮気とか意味解って言ってんのかいあんた」

「だって山南副長はハジメの言いなりやもん。ハジメが怖いんやて」

「はぁ?」


 屯所内で一番恐れられている山南がハジメちゃんを怖がってるって? そんなバカな。

 ハジメちゃんは立てば牡丹歩けば桜と唱われる隊随一の美隊士で、優雅な物腰と中性的な見た目だからよくお姉さんに間違われるがれっきとしたお兄さん。

 誰にも別け隔てなく優しいから慕う者も多くて、あたしも大好きだ。隊士からは第二のお母さんて呼ばれている。
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