「記憶」
「な、んで……」
立ち上がった優香が、
俺の服を弱々しく掴む。
目は、薄っすら涙が溜まっていた。
「…付き合う前、“忘れられない人がいる”
…って言ったよな」
「………まさか…」
「お前はそれでもいいと言った。
だから、付き合った」
「もしかして…っ今の職場で……っ?」
「お前に情がなかったわけじゃない。
…けど、俺はこの世であいつしか愛していない」
自分でも酷い奴だと思う。
半年付き合った相手でも、
泣いている姿を見て
抱き締めたいとも思わない。
いや……むしろ、
優香を「好き」だと思った事すら
半年の間で一度も、なかった。
勿論、恋人同士の
男女の……まぁ、体の関係はある。
だけど、
愛した事はなかった。
いつも冷めてた。
酷い奴だ。俺は。
俺は、目の前の女より
遠くに居る女しか愛せないのだから。