咆哮するは鋼鉄の火龍
 黒田が森を初めて知ったのは温泉街にある幹部専用の高級旅館での密談であった。

 森はその頃、内部調査部に所属し民軍問わず次々不正を摘発しあらゆる方面から煙たがられていた。

 刑務所には絶えず森を罵倒する声が響いたという。

 当の本人は誠実に職務を全うするという事よりも、自分よりも権力を持った者を屈服させる事に優越感を感じ、またそれを実行出来るだけの自分の才能に酔いしれていた。

 遂には自分の上官である課長までも処罰対象にあげ、森が内部調査部に所属した頃よりの大小問わず犯した課長の不正を全て羅列し辺境に追いやってしまった。

 この事件で彼が頭角を表し始めた頃から警戒しだした者達も、警戒する以前に証拠を掴まれたのではと内心穏やかではなくなっていた。

 しかもここまで派手にやって来た森は狡猾にも自分が行った不正調査の証拠を消し、彼を法的に潰す事は困難となった。

 幹部は次に自分達に被害が及ぶのではないかと気が気ではなくなったが、彼に配属変えを命じれば自分達の黒い部分を暴露されるのではないかと思い黒田に物理的に彼を黙らせるように相談しに来のであった。

 黒田は箱根の温泉街の暗部を抱え込んでいる為、協力してくれるであろうと考えたのであろう。

幹部
「非常に厄介な奴でな」

黒田
「大した奴ですね」

幹部
「内調に入った瞬間から自分の上司の不正を記録しとるんだぞ?」

黒田
「つまりもう我々の悪行も掴まれていると?」

幹部
「用心に越した事はなかろう。

 それに最も埃が出るのは君だろう?」

黒田
「部署を変えてみては?」

幹部
「そんな事をして口売屋にでもリークされてみろ、暴動が起きかねん」

黒田
「彼は仕事をしてるだけでは?」

幹部
「本気で言っているのか?貴様もまずかろう」

黒田
「殺しはやらないんですがね」

幹部
「表向きはだろう?まいい話はした。

 我々の為だ。頼んだぞ」
 
 話を濁しその場を納めた黒田は密談の次の日に森を呼び出した。

 なるほど挑戦的な目をしていると思った黒田は彼を連れて本部の外に出た。

 警戒している森を連れ黒田は幹部達にも見せた事の無い箱根の闇をあえて自らさらけ出した。

 密造酒、薬、売春宿、カジノ、隠された武器、弾薬、自分が動かせる人員構成、お抱えのトレジャーハンター等々、これだけ揃えば確実に反逆罪になるであろう証拠を示した。

 しかし同時に、さも捕まえてみろという用に黒田の力を森に示したのだ。

 見られた所で何の影響も無いという無言の圧力をかけられた森は只沈黙するしかなかった。

 それほどに黒田は裏の力を持っていたのだ。

 それを証明するかの用に森の部下が数名拘束され目の前に引き出された。

 森は身の危険を感じ幹部に関しては口を固く閉ざす事を約束し、辺境への移動を願い出た。

 黒田の考えは違い、森に不正は暴く物では無く、牛耳る物だと教え、また上官は弾劾するものでは無く、手の上で踊らせる物だと言った。

黒田
「これが俺の裏の顔だ。表の顔も知っているか?」

 恐らく箱根の裏側を掌握しているであろう黒田の現在の表の地位を合わせれば彼に一寸の勝利も無かった。

 軍事鉄道管理部への配属替えの指示書を渡し去っていく黒田に、森は初めての敗北感を覚えたが、同時に羨望もした。

 一番悔しがったのは軍幹部達であった。

 どういう手を使ったか分からなかったが、只でさえ力を持つ黒田に厄介な森が下に付いた事を知り、黒田は危険人物であると明確となった瞬間であった。

 自前の勢力に軍事一大勢力を持つ黒田、多くの弱みを持ち味方さえ陥れる事を楽しんでいた森のコンビはこれより先、前線とは違う勢力戦を展開していくのであった。
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