狡猾な王子様
「あの、英二さん。水道をお借りしてもいいですか?」


「ん?いいけど、どうかした?」


「山野さん、少し手が汚れちゃったみたいで」


「そっか。冬実ちゃん、どうぞ」


ふたりが私の前でそんなやり取りをしたあと、英二さんが笑顔で調理場へ促してくれた。


「……すみません、お邪魔します」


初めて入る調理場にほんの少しだけドキドキしながらも、怖ず怖ずと足を踏み入れて水道を借りた。


「はい、タオル」


「あ、すみません。ありがとうございます」


差し出されたタオルを受け取ると、英二さんが「いいえ」と優しく微笑んでからいつものように段ボールの中身を確認した。


私と入れ替わるように二組のお客さんが帰ったから、店内には私たちしかいない。


そういえば、木漏れ日亭は英二さんがひとりで切り盛りしているはず。


それなのに、瑠花さんがエプロンをしてお客さんを見送っていたということは、彼女はここで働くことになった人なのだろうか。

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