狡猾な王子様
きっと、文字で見たらピンと来なかった。


だけど……。


『“ミチル”』


英二さんが声にしたその三文字が昼間も聞いた発音と同じものだったことで、そこに込められたひとつの可能性に気付いてしまった。


“たまたま”、ということもある。


別に特別珍しい名前じゃないのだから、偶然だという可能性もあるはずだけど……。


「気をつけて帰れよ。未散、今日は結構呑んでるんだろ?」


名前を紡ぐ声音だけがやけに優しげで、英二さんが“その部分”を大切にしているような気がした。


「そう言うなら、もう少し気に掛けてくれてもいいんじゃない?本当はそんなに心配してないくせに」


不満げに言ったあとで妖艶な笑みを浮かべた佐武さんが、まるで私に見せ付けるかのように彼の唇を奪った。


英二さんは私のことを気にしているような素振りを見せながらも、彼女のキスを受け入れている。


そんなふたりをぼんやりと見つめていた私は、ふといつか彼が発した言葉を鮮明に思い出した。

< 177 / 419 >

この作品をシェア

pagetop