狡猾な王子様
「ご馳走さまでした」


「お口に合ってよかったです」


笑顔を見せれば、英二さんは「本当に美味しかったよ」と笑った。


さっきまでの気まずい雰囲気は消えていて、こうして笑い合えていることが嬉しいはずなのに……。


英二さんの唇が視界に入る度に、悲しみが押し寄せて来る。


この唇で、佐武さんにキスをしていた。


頭から離れないあの情景が、胸の奥を酷く締め付ける。


そのせいで、とっくにさっきの喜びは消えてしまっていて……。


「私、そろそろ帰りますね。紅茶、ご馳走さまでした」


笑顔を繕うことに限界を感じ始め、苦しさに耐え兼ねて立ち上がった。


「そうだね、もう結構遅いし……。冬実ちゃん、車だよね?」


「はい」


「車じゃなかったら送るんだけど」


「大丈夫ですよ。私が勝手に来たんですし。それに、運転は慣れてますから」


「それはわかってるんだけどね」


心配そうに笑った英二さんと外に出たところで、メールの着信音のような音が響いた。

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