狡猾な王子様
反射的に体が強張ってしまったのは、佐武さんのことが頭の中を過ったから。


だけど、高級感のある黒塗りの車を運転しているのは中年の男性だということがすぐにわかって、少しだけ力を抜くことができた。


フロントガラス越しに見える助手席には誰も乗っていないから、男性はひとりでやって来たのだろうか。


ただ、お客さんだとしたら、準備中の時間帯に来るのはおかしい。


わざわざ少し辺鄙な所に来るのだから、営業時間くらいは調べていそうなものなのに。


そんなことを思い巡らせて動けずにいると、私の斜め前に停められた車から下りた運転手が後部席のドアを開け、すぐに女性が姿を現した。


淡めの藤色を僅かにくすませた色合いの着物に身を包むその人は、私の祖父母と同年代くらいだろう。


グレーに見える髪には白髪が交じっているけど、後れ毛もなくきっちりと纏められている。


着物にあしらわれた控えめな花と淡い色の帯は嫌味のない美しさで、それらを違和感なく着こなす女性からは上品な風格が漂っていた。

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