狡猾な王子様
しまった、と思った時にはもう遅くて、私の存在に気づいた女性と視線が交わる。


その瞬間、心臓が大きく跳ね上がった。


思わず瞳が開き、怪訝そうな顔を見せた女性から目が離せなくなった。


だって……。


その女性は、英二さんにとてもよく似ていたから。


車や着物、そして女性の醸し出す上品な雰囲気に気を取られていて顔をよく見ていなかったけど、綺麗な目元やスッと通った鼻筋なんて彼と瓜ふたつに思えるほど。


もしかして、英二さんのおばあさん……?でも、たしか英二さんは……。


一瞬にして頭の中を巡り始めたのは、そんなこと。


英二さんの家族のことなんて知らないし、おばあさんの顔だって写真ですら見たことがあるわけでもない。


だけど、彼とこの女性が他人だと言われても、たぶん信じられない。


「あの……なにか?」


不意に控えめに声を掛けられた私は、なにか話さなければと思うのに言葉が出てこない。


顔も姿勢も綺麗な女性は、いつの間にか戸惑うような表情になっていた。

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