狡猾な王子様
*****
三月に入っても木漏れ日亭で長居をすることはなく、むしろ気がつけばどの配達先よりも滞在時間が短くなっていた。
相変わらず燻ったままの想いの行方はまだわからなかったけど、物理的なことを変えたことでほんの少しだけ諦められそうな気がしてきて、できればこのまま時間が解決してくれないかと思わずにはいられなかった。
ただ、英二さんに優しい笑顔を向けられるとやっぱり素直に嬉しさを感じてしまって、そのあとは複雑な気持ちで過ごすはめになり、しばらくは深いため息が尽きることもない。
それでも、今度こそ揺らぐわけにはいかないと固い決意を秘めていた私の心は、必死に彼から離れようとしていた。
そんな私にとって大家族だというのはありがたくて、家に帰ると賑やかに過ごせるおかげで少しは気が紛れたし、ちゃんと笑うこともできた。
だから、何事もなく時が過ぎていくことを望んでいたのに、三月も十日以上が過ぎた頃に掛かってきた一本の電話によって、心が乱されることになってしまった。