狡猾な王子様
頭の中ではまだ言いたいことが溢れているのに、私がなにを言っても同じように優しく返されてしまうことはわかっていて、これ以上のやり取りはほとんど意味を成さないことにももう気づいていた。


英二さんはそんな私の様子を察したのか、零された笑みには安堵が混じっているような気がする。


程なくして、瞳を僅かに伏せた彼が、後悔を滲ませながら口を開いた。


「前に、『心はあげられないけど、体だけならあげてもいいよ』なんてひどいこと言ったけど……」


静かな声音で紡がれたのは、悲しい思いをした日のこと。


あの時、私は、英二さんは絶対に手の届かない人なのだと痛いほど理解して、今日まで何度も泣いてきた。


だから、この想いが叶うのは、夢よりも遥かに遠いことだと思っていたのに……。


「俺の心をもらってくれませんか?」


綺麗な瞳に見つめられている今、優しく紡がれたのは、それを叶えてくれる言葉だった。


あっという間に視界が滲み、いつの間にか止まっていたはずの涙が再び溢れ出していた。

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