狡猾な王子様
不意に、ゆっくりと手が伸びてきた。


私の目の前で戸惑うように止まったその右手は、指先から少しずつ左頬に触れた。


遠慮がちな触り方は英二さんらしくないように思えたけど、そっと伝わってくる彼の温もりに心に残っていた不安が溶かされていく。


そんな風に思えるのは、今だけなのかもしれない。


だけど……。


「俺も好きだよ」


英二さんの愛おしげな声音を聞いた瞬間、そんなことはどうでもよくなってしまった。


不安も困難も、直面してから解決できるようにすればいい。


今はすべての不安を忘れて、この温かい手から感じる想いに心を委ねたい。


そんなことを考えていると、親指で涙を拭われた。


続けて左手が伸ばされ、今度は右の頬を濡らしていた雫も消える。


それから、彼は少しだけ悩むような表情をしたあと、おもむろに立ち上がった。


ふと、空気が変わる。


先ほどから何度も見つめ合っていたのに、まるで今日初めて真っ直ぐに視線が重なったのかと思うほど、胸の奥が大きく高鳴った。

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