狡猾な王子様
キスの予感に、体が強張る。


近づいてくる秀麗な顔を避けることなんてできなくて咄嗟に目を瞑り、すぐ近くで感じる吐息に胸がドキドキと騒ぎ立て、息を止めてしまいそうだった。


だけど……。


数秒しても唇が触れ合うことはなくて、恐る恐る瞳を開いてみれば、微苦笑する英二さんの顔が目の前にあった。


その近すぎる距離に、思わず息を止めてしまう。


直後、彼が幸せそうに破顔して、顔を少しだけ逸らした。


「今は、こっちにしておくよ」


そんな囁きに続いて右頬に感じたのは、柔らかな温もり。


数秒を経てその正体に気づき、頰が一気に熱くなった。


英二さんにクスクスと笑われて、恥ずかしいなんて言葉では足りないほどに熱を帯びた顔を見られたくなかったのに……。


顔を背けようとした瞬間を封じるように、今度は額にキスが降ってきた。


決して強引ではない、そっと触れるだけの口づけ。


きっと、彼にとってはなんてことのないことなのだろうけど、私は状況を把握する余裕すらない。

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