狡猾な王子様
「冬実ちゃんは、ずっと家業を手伝おうと思ってる?」


「え?」


カップを持ち上げた手が止まった私を、英二さんは真っ直ぐ見つめている。


質問に質問で返されてすぐに言葉が出てこなかったけど、どこか探るような表情を前にして素直に口を開いていた。


「私は前の職場が倒産した時には祖父母が既にいい年で、平日の手が足りないからってことで手伝うようになったんですけど、ずっと……とは思ってないです」


当時は運転免許以外の資格を持っていなかったうえ、田舎だから就職口も少なくて、地元で正社員として再就職するのはとても難しかった。


かと言って、ひとり暮らしにも踏み切れずにいた時、父から『運転がつらくなってきた祖父の代わりに本格的に配達を手伝ってほしい』と言われて、喜んで引き受けた。


ただ、家業をずっと手伝っていこうとは、最初から考えていなかった。


山野農園のこの先のことはちゃんと決まっているわけではないけど、いつかは私が毎日手伝う必要がなくなることをわかっているから。

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