狡猾な王子様
「付き合えただけでも夢みたいだから、いろいろ妄想しててもさすがにそんな先のことまで夢見るなんておこがましくて……。だから、先のことはあんまり考えないようにしてたんです」


どれだけ妄想しても、“結婚”の二文字だけは意図的に避けていた。


だから、洗い物をしながら新婚さんみたいだと思ったことを慌ててかき消したのに、英二さんにあんな風に言われたら本音を隠すことなんてできない。


「それなのに、英二さんはそんな風に思ってくれていたなんて……。すごく嬉しくて、泣きそうです」


私が思っているよりもずっと、彼が未来のことを考えていてくれたことが本当に嬉しい。


気がつけば瞳には感動の涙が溢れ出しそうになっていて、油断すれば泣いてしまいそうだった。


そのせいでなにも言えなくなった私は、縋るように英二さんを見つめることしかできない。


その直後、彼の親指によって、顎を掬われた。


呼吸が、止まる。


そして、瞬きすらできずにいる私の唇が、まるで壊れ物を扱うかのように塞がれた。

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