狡猾な王子様
音もなく、優しく。


愛おしくて堪らないと雄弁に語られているようなキスに、心が幸せで満ち溢れた。


「……ごめん。ちゃんと待つつもりだったんだけど、我慢できなかった」


英二さんとの初めてのキスは、想像よりもずっと嬉しくて、どんな言葉でもこの気持ちを伝えることはできないと思った。


だから、ただ笑って見せると、彼はとても幸せそうに破顔した。


「そういう顔するんだったら、もっとキスしちゃうけど」


「……っ」


からかうような声音に顔がますます熱くなって、甘やかな笑みを向けられていることに気づいた時には口をパクパクとするだけで精一杯だったけど……。


クスリと笑いが零されたかと思った時には、再び唇にキスが降ってきていた。


今度はチュッと音が鳴らされ、ふたりきりの店内に響いたリップ音に全身が熱を帯びていく。


「参ったな。思ったよりも、忍耐力が試されそうだ」


ぽつりと嘆かれた言葉の意図はよくわからなかったけど、今の私にはそれを考えるだけの余裕もなかった。

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