狡猾な王子様
エンドロールが流れてチラホラと立ち上がり始めた人がいる中で、私たちはまだ席を立たなかった。


「結構おもしろかったね」


数分して映像が消えてスクリーンが白くなった時、英二さんが満足そうに息を吐いた。


囁き声とは違うそれは、控えめな大きさではあったけど難なく聞き取れた。


「はい」


笑顔で頷いて見せたけど、中盤からクライマックス間近までの内容はあまり覚えていないせいで、話を広げることはできそうにない。


記憶が薄いのはもちろん彼にドキドキしていたからで、ようやく心が落ち着いた時には主人公たちが敵の組織を殲滅したあとだった。


傷だらけの主人公が最愛の女性のもとへ行き、恋人である彼女の涙を優しく拭ってキスを交わしていたラストシーンは、きっと最高に感動できるところだったのだろうけど……。


感情移入する余裕がなくて、周囲からはチラホラとすすり泣くような声が聞こえてきていたけど、私は残念ながら泣けるほどの感動を抱くことはなかった。


「トムとジュリアの最後の台詞、すごくよかったよね」


途中で英二さんとの顔の距離が近すぎてドキドキしたことをバレないように、彼に笑顔を向けながら必死に平静を装った。

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